2012年6月3日日曜日

フィルム・ノワール傑作選 PART4


フィルム・ノワール傑作選 PART4

フィルム・ノワール傑作選
PART 4

 

Shock (1946)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売

(P)2006 20th Century Fox (USA)
画質★★★★★ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/ステレオ・モノラル/音声:英語・スペイン語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/70分/製作:アメリカ

収録特典
映画評論家による音声解説

監督:アルフレッド・ワーカー
製作:オーブリー・シェンク
原作:アルバート・デモンド
脚本:ユージン・リング
台詞:マーティン・バークレー
撮影:ジョセフ・マクドナルド
   グレン・マクウィリアムス
音楽:デヴィッド・バトルフ
出演:ヴィンセント・プライス
   リン・バリ
   フランク・ラティモア
   アナベル・ショー
   マイケル・ダン
   リード・ヘイドリー
   ルネ・カールソン

夫との再会を待ち望む若妻ジャネット(A・ショー)

隣の部屋から男女の言い争う声が

殺人現場を目撃してショックを受けるジャネット

 第二次世界大戦直後のアメリカでは、戦場から帰った兵士たちの精神的後遺症の治療が積極的に行われ、精神病理学がちょっとしたブームになった。そうした時代を背景に生まれたのがヒッチコックの『白い恐怖』(45)やロバート・シオドマクの『暗い鏡』(46)といった一連の心理サスペンスだったわけだが、本作もその流れを汲む作品と言えるだろう。
 主人公は有能な精神科医クロス博士。看護婦のエレインと不倫関係にある彼は、離婚話のもつれから妻を殺害してしまう。ところが、その現場を目撃した人物がいた。ジャネットという若い人妻だ。ショックで昏睡状態になったジャネットを精神病院に入院させたクロス博士は、エレインと共謀して彼女を精神病患者へと仕立てていく。
 精神病院に閉じ込められた� ��性の恐怖を軸に、自ら犯した犯罪を隠蔽しようとする医師の葛藤が描かれていく。フィルム・ノワールというよりは、限りなく犯罪スリラーに近い内容の作品かもしれない。
 絶体絶命の状況に追い込まれたヒロインを巡るドラマはまさに悪夢で、スリラーとしては絶好の題材と言えるだろう。当時としてはかなりショッキングな映画だったに違いない。ストーリーもシンプルで無駄がなく、70分という短い上映時間をテンポ良く進んでいく。
 だがその一方で、犯人のクロス博士を同情の余地のある人物として描くことで、本来あるべき緊張感がそぎ落とされてしまったようにも感じる。犯罪の主導権を握っているのはあくまでも看護婦エレインであり、クロス博士は悪女の誘惑によって道を誤ってしまった悩める子羊。犯人が� �ずしも絶対悪ではないがために、ヒロインの置かれた危機的状況にも隙間風が吹いてしまうのだ。
 また、舞台となる病院もごく普通の精神病院であり、そこに勤務する従業員も基本的には善意の人々。悪いのはクロス博士とエレインだけだ。そのクロス博士さえも、自らの罪を償うべきかどうか迷っている。なので、必然的に作品全体を包む空気にもどこか長閑さが漂ってしまい、肝心の恐怖感が希薄になりがちだ。
 ただ、それもこれも『カッコーの巣の上で』(75)や『チェンジリング』(08)のような作品を既に見ていればこそ。古い映画を評価する場合は、製作当時の視点や価値観というものも考慮に入れなければなるない。
 本作の場合も、今となっては緊張感に欠けるという印象が否めないものの、当時の観客にとって� ��十分に怖い映画であったろう。確かに『カリガリ博士』(19)というドイツのサイレント映画はあったが、あちらはあくまでも狂人の視点から描いた作品。精神病院を舞台にしたスリラー映画の先駆けとして、是非ともオススメしておきたい一本だ。

昏睡状態の妻を発見した夫ポール(F・ラティモア)

クロス博士(V・プライス)はショックの理由を悟る

アナベルを入院させることにしたクロス博士

 サンフランシスコのとあるホテル。一人の若い女性がチェックインをするためにカウンターを訪れた。彼女の名前はジャネット(アナベル・ショー)。戦争が終って除隊した夫ポール(フランク・ラティモア)と、このホテルで落ち合う約束なのだ。
 3年ぶりとなる夫との再会に胸を弾ませるジャネット。ところが、夫はまだ到着していない。そればかりか、ホテルの予約すら入っていないという。支配人の配慮で空き部屋に泊まることとなったジャネットだったが、夫の身に何か起きたのではないかと気が気でない。
 心配のあまり寝付けなかった彼女は、暗い部屋の中で独り涙に濡れていた。そんな時、激しく口論をする男女の声が 聞こえてきた。向かいの窓を見ると、身なりの良い男女がお互いを罵り合っている。どうやら二人は夫婦のようだった。ところが、男性の怒りが頂点に達したとき、彼は衝動的に妻を殴り殺してしまった。恐るべき光景を目の当たりにしたジャネットはショックで言葉を失い、硬直状態のままソファーに座り込んでしまう。
 翌朝、ようやくホテルに到着したポール(フランク・ラティモア)は、愛する妻の待つ部屋へと駆け込んだ。ところが、ジャネットは放心状態のままで何ら反応がない。急いで医者を呼んだポールだが、彼女はそのまま昏睡状態に陥ってしまった。
 そこで、医者はホテルに宿泊していた高名な精神科医クロス博士(ヴィンセント・プライス)を呼ぶ。それは、ゆうべ妻を殺害した男性その人だった。発見さ れたときのジャネットの様子を訊ねたクロス博士は、窓から自分の宿泊していた部屋が見えることに気付き、彼女が殺害現場を目撃していたのではないかと察する。彼はジャネットに精神障害の疑いがあると告げ、自分の経営する精神病院で治療する必要があるとポールを説得した。
 ジャネットを入院させたクロス博士は、エレイン(リン・バリ)を担当看護婦に指名する。彼女は博士の愛人であり、妻との離婚をけしかけたのも彼女だった。博士は昏睡状態のジャネットに催眠術をかけ、彼女が殺害現場の目撃者であることを立証した。意識が戻れば、記憶が甦るのも時間の問題だ。そこで、二人は治療を行っているように見せかけて、ジャネットのこん睡状態を維持するように画策する。
 妻の容態が悪化したことに気付いた ポールは別の精神科医を呼んで診察してもらうが、治療の糸口は見つからなかった。ところが、ある晩重度の精神病患者が部屋を抜け出し、ジャネットの病室に迷い込んでしまう。それを発見したエレインは患者ともみ合いになり、助けを求めて叫び声をあげた。そのショックで、ジャネットが意識を取り戻してしまう。
 翌日、病院スタッフからの連絡を受けたポールがジャネットのもとへ駆けつけた。すると、診察に訪れたクロス博士の顔を見て、ジャネットは恐怖の表情を浮かべる。この人は奥さんを殺した犯人だと。
 しかし、博士はそれが精神障害による妄想だと診断し、長期の入院治療が必要だとポールに伝える。なぜなら、妻は旅行に出かけて不在だが、まだ生きているのだから。だが、その直後にクロス博士の妻が 山奥で死体となって発見される。死因は崖からの転落死と断定された。
 博士とエレインはそれを逆手にとり、ジャネットを精神病患者に仕立てていく。少なくとも彼女が昏睡状態に陥った時点では、博士の妻は旅行中で不在だ。新聞記事を見せながらジャネットを厳しく問い詰めていくクロス博士。真実を訴えようとするジャネットだったが、病院のスタッフは誰も信じてくれなかった。
 だが、妻の言動と博士の態度に疑問を抱いたポールの通報により、検事オニール(リード・ヘイドリー)がクロス博士の周辺を調査し始める。危機感をつのらせた博士はこれ以上の罪悪感に耐えることができず、己の罪を告白すべきではないかと思い悩む。
 しかし、そんな彼をエレインが一喝する。これまで自分が日陰の身で耐えてき� ��のは何のためだったのか?結婚するという約束を忘れたとは言わせない。ここまできたら、ジャネットを亡き者にするしかない、と。
 エレインの強固な態度に従うほか術のなかった博士は、言われるがままジャネットにインスリンを大量投与してショック死させようとするのだが・・・。

催眠術で殺人現場の目撃を告白するジャネット

看護婦エレイン(L・バリ)は博士の愛人だった

妻の容態の悪化を心配するポール

 もともと本作は『ローラ殺人事件』(44)や『哀愁の湖』(45)の脇役で高く評価されたヴィンセント・プライスに主演作を、ということで企画された作品だったらしく、フォックスのタレント部主任だったオーブリー・シェンク自らが製作を買って出た。これをきっかけに、彼はプロデューサーへと転向することになる。
 監督はフィルム・ノワールの名作『夜歩く男』(48)で知られる職人監督アルフレッド・ワーカー。サイレント時代よりB級西部劇からコメディまで幅広く手掛けた人物で、いわゆる芸術肌の映画監督ではないものの、リズミカルなストーリー・テリングの巧さはさすがベテラン職人といったところ。
 原作を書いたアルバート・デモンドは リパブリック・ピクチャーズでB級西部劇を大量生産していた脚本家。脚色を手掛けたユージン・リングは当時低予算のフィルム・ノワールを数多く手掛けていた人物で、ワーカー監督と組んだ"Lost Boundaries"(49)ではカンヌ映画祭の脚本賞を受賞している。また、『半魚人の逆襲』(54)や『世紀の怪物/タランチュラの襲撃』(55)で知られる脚本家マーティン・バークレーが台詞を担当した。
 撮影を担当したのはジョセフ・マクドナルドとグレン・マクウィリアムス。マクドナルドは当時まだ新進気鋭の撮影監督だったが、同じ年の『荒野の決闘』(46)で高く評価され、その後『革命児サバタ』(52)や『ナイアガラ』(53)、『若き獅子たち』(58)、『砲艦サンパブロ』(66)などの名作を手掛けることとなる。フィルムノワール作品も少なくない。
 一方のマクウィリアムスはサイレント時代から活躍するベテランで、ルイス・マイルストンの名作『犯罪都市』(31)やヒッチコックの『救命艇』(44)などで知られるカメラマンだ。
 そして音� ��のデヴィッド・バトルフは低予算の西部劇やホラー、犯罪ドラマなどを数多く手掛けた作曲家。ジョン・フォード監督の『タバコ・ロード』(41)やテレビの人気ドラマ『マーベリック』のテーマ曲も彼の仕事だ。

意識を取り戻したジャネットは博士が殺人犯だと主張する

しかし、誰も彼女の言葉に耳を傾けてくれない

ジャネットを精神病患者に仕立てようとするクロス博士

 主人公クロス博士を演じるヴィンセント・プライスは当時45歳。これが初の本格的な主演作だった。この7年後に主演した『肉の蝋人形』(53)をきかっけにホラー俳優としての道を歩んでいくことになるわけだが、本作でもその片鱗は十分に伺える。どこか怪しげな雰囲気のある長身の2枚目という感じで、情緒不安定な危なっかしさは後の『アッシャー家の惨劇』(60)にも通じるだろう。
 その愛人である看護婦エレインを演じるリン・バリは、第二次大戦中にピンナップ・ガールとして人気を博したB級映画女優。主に悪女役として売り出した人だったが、これといった代表作には恵まれなかった。それでも、アメリカではカルト女優と� �て現在も根強い人気を誇っている。決して演技が上手いとは言えないが、女王様然としたサディスティックな存在感はなかなかのもの。出てくるだけで画になるタイプの女優と言えるだろう。
 殺人現場を目撃する若妻ジャネット役のアナベル・ショーは、これが初の大役だった新人の若手。どこにでもいそうな"隣の女の子"タイプの女優で、70年代頃まで活動を続けていたようだが、いずれも低予算映画の脇役ばかりだった。
 ジャネットの夫ピーターを演じているフランク・ラティモアは、当時フォックスが売り出し中だった2枚目俳優。しかしあまり成功せず、50年代以降はイタリアへ活動の拠点を移し、スペクタクル史劇や歴史ドラマ、マカロニ・ウェスタンなどに主演して活躍した。
 また、サミュエル・フラー監督� ��『地獄への挑戦』(49)でジェシー・ジェームス役を演じたリード・ヘイドリーが検事オニール役で顔を出している。

 

 

Raw Deal (1948)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未公開

(P)2005 Classic Media/Sony (USA)
画質★★★☆☆ 音質★★★☆☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:英語/字幕:なし/地域コード:1/79分/製作:アメリカ

映像特典
なし

監督:アンソニー・マン
製作:エドワード・スモール
原案:オードリー・アシュリー
   アーノルド・B・アームストロング
脚本:レオポルド・アトラス
   ジョン・C・ヒギンズ
撮影:ジョン・オルトン
音楽:ポール・ソーテル
出演:デニス・オキーフ
   クレア・トレヴァー
   マーシャ・ハント
   ジョン・アイアランド
   レイモンド・バー
   カート・コンウェイ
   チリ・ウィリアムス
   レジス・トゥーミイ

刑務所で面会に訪れるパット(C・トレヴァー)


グラスゴー昏睡スコア管

組織の罠にはまった男ジョー(D・オキーフ)

二人は脱獄の計画を進めていた

 ハリウッドのメジャー監督として活躍する以前、独立プロを基盤に数多くのフィルム・ノワールを手掛けていた名匠アンソニー・マン。傑作として名高い"T-Men"(47)に続いて発表されたのが、この"Raw Deal"という作品である。
 ストーリーは至ってシンプル。組織の罠にはまって有罪判決を受けたギャングが脱獄し、自分を裏切ったボスに復讐しようとする…というもの。で、この主人公に二人の女が絡むというのが、本作の重要なミソと言えるかもしれない。
 一人は脱獄を助ける年増の愛人。主人公と同じように裏社会を生きてきたタフな女性だが、できれば二人で平凡な生活を送りたいと願っている。そして、もう一人は若くて美しいソーシャルワーカー。無理やり人質として連れ出された彼女は、主人公に犯罪の世界から足を洗うよう説得するものの、逆に世の中がキレイごとばかりでは済まされないということを思い知る。
 この対照的な二人の女性というのは、言うなれば主人公自身の相対する二面性とその葛藤を 象徴する存在と言えるだろう。主人公は己の中にある善と悪の狭間で揺れ動きながら、破滅的な最期へとひた走っていくことになるのだ。
 多分に隠喩を含んだ心理ドラマ的な脚本の面白さもさることながら、前作"T-Men"に引き続いてマン監督とコンビを組むことになったカメラマン、ジョン・オルトンによる見事なカメラワークにも注目。光と影のコントラストや画面の奥行きの深さなど、細部まで計算し尽くされた画作りには目を奪われる。逆上したマフィアのボスがパーティ客に火の付いた皿を投げつけるシーンもショッキングだった。
 ただ、アンソニー・マンの演出はサイコロジカルな部分に重点を置きすぎて、逃走劇・復讐劇としてのサスペンスや緊張感が散漫になってしまった印象は否めない。演出とカメラワーク� ��ストーリーの三つ巴という点では、前作"T-Men"の方が遥かに優れた作品だったと言わざるを得ないだろう。
 劇場公開当時は賛否両論だったようだが、確かにアンソニー・マンの代表作と呼ぶには少々難があるかもしれない。とはいえ、フィルム・ノワール全盛期の魅力を伝えるには十分な小品佳作。ファンなら一度は見ておいて損はないはずだ。

脱獄に成功したジョー

ソーシャルワーカーのアン(M・ハント)を人質に取る

逃亡の支度をするジョー

 ギャングのチンピラ、ジョー・サリヴァン(デニス・オキーフ)は組織の罠にはまり、強盗事件の罪を一人で被る羽目になった。彼は約束された5万ドルの分け前を要求するため、愛人パット(クレア・トレヴァー)の手助けで脱獄することに成功する。
 その情報はすぐさま組織のボス、リック(レイモンド・バー)のもとに伝えられた。実は、事前にジョーとパットが脱獄を企てているという情報を入手していた組織は、秘かに脱獄のお膳立てを準備していたのだ。しかし、逃走中にジョーが銃殺されることを目論んでいたリックにとって、脱獄の成功は想定外の出来事。自分の身が危険にさらされると知って慌てふためいた彼は、殺し屋ファンテイル(ジョン� �アイアランド)にジョーの抹殺を命じる。
 刑務所から逃走したジョーとパットは、近場に住むソーシャルワーカーの女性アン(マーシャ・ハント)のアパートに逃げ込む。アンは刑務所でジョーのカウンセリングを担当していた。パットの反対を押し切ってアンを人質に取ったジョーは、リックのもとを目指して逃避行を続ける。
 パットとアンはまるで正反対の女性だった。ジョーと同じように人生の裏街道を歩んできたパットは鼻っ柱の強い皮肉屋。一方のアンは正義感の強い理想主義者で、そんな彼女をパットは毛嫌いする。しかし、本音ではジョーがアンの純粋さに惹かれていくのが心配なのだ。
 3人はガソリンスタンドで他の車を奪い、警察の捜査網をかいくぐって逃走を続けた。違法行為を重ねるジョーに強く� �撥するアン。恵まれた人生を歩んできた彼女には、自分のような人間の生き様は理解できないと食ってかかるジョー。二人はお互いに本音をぶつけ合いながら、徐々に惹かれあっていく。
 ジョーは武器を調達するため、アンを連れて昔馴染みの仲間の元を訪れる。しかし、そこには殺し屋ファンテイルとその部下たちが待ち伏せをしていた。激しい取っ組み合いを繰り広げるジョーとファンテイル。形勢不利に陥ったジョーを救ったのは、無我夢中で拳銃を発砲したアンだった。
 暴力を嫌っていたはずの自分が拳銃で人を撃ったことに混乱するアン。彼女はジョーに対する愛情を改めて自覚した。そんなアンをこれ以上巻き込んではならないと感じたジョーは、黙ってこの場を一人で去るように告げる。そして、リックへの復� �や5万ドルの分け前を諦め、パットと二人で国外へ逃亡して人生をやり直そうと決意した。
 ところが、アンに射殺されたはずのファンテッリは一命を取り止めていた。ガソリンスタンドで組織に救援を求める電話をかけていたファンテッリは、給油に立ち寄ったアンを目撃。その場で彼女を誘拐する。
 一方、偽名でホテルにチェックインしたジョーとパットは、高飛びするための準備をしていた。そこへ一本の電話がかかってくる。それはリックからだった。アンの命を助けたければ、すぐに組織の事務所へ姿を見せろという。しかし、電話に出たパットはその内容をジョーに黙っていた。
 彼と結ばれることだけが願いだった彼女にとっては、これが最後のチャンスかもしれない。事実を話せば、きっと彼はアンを救出す� �ために命を投げ出すだろう。ようやく叶いかけた夢を、パットは諦めることが出来なかったのだ。
 真夜中に密航船へ乗り込んだジョーとパット。新天地へ旅立つ瞬間が間近に迫ったその時、良心の呵責に耐え切れなくなったパットは真実を告白する。果たして、ジョーはアンを無事に救出することが出来るのか?そして、三角関係の行く末に待っているものとは?

パットはジョーとアンの関係を心配する

犯罪を重ねるジョーに強く反撥するアン

組織のボス、リック(R・バー)は殺し屋を差し向ける

 オードリー・アシュリーとアーノルド・B・アームストロングの原案を脚色したのは、ウィリアム・A・ウェルマン監督の"Story of G.I.Joe"(45)でオスカー候補になったレオポルド・アトラスと、アルフレッド・ワーカーのフィルム・ノワール『夜歩く男』(48)を手掛けたジョン・C・ヒギンズの二人。どちらも低予算映画一筋の脚本家だったが、シンプルなストーリーの中に心理学的な要素を盛り込んだ語り口はなかなか奥が深い。
 撮影監督のジョン・アルトンは、マン監督の"T-Men"でも紹介したように、『巴里のアメリカ人』(51)でオスカーを獲得した名カメラマン。ルールや常識に縛られることを徹底的に嫌う反骨主義者で、それゆえに独創的な映像美を作り出すことに長けた人だった。本作もオルトンのカメラワークがなければ、かなり退屈な映画になっていたかもしれない。だが、その一方でスタジオ上層部との軋轢やトラブルも多く、結果的にハリウッドか� ��追放されてしまったのは不幸だったと言えよう。
 また、音楽にはRKOの低予算映画を数多く手掛けた作曲家ポール・ソーテルが参加。彼は往年の人気ドラマ『原子力潜水艦シービュー号』のテーマ曲を書いたことでも知られる人物だ。

待ち伏せしていたファンテッリ(J・アイアランド)

アンはとっさに拳銃を発砲してしまう

自分の幸せのために重大な事実を隠すパット

 主人公ジョーを演じるのは、前作"T-Men"に続いてアンソニー・マン作品への主演となるタフガイ俳優デニス・オキーフ。ギャングのチンピラと呼ぶには精悍すぎる嫌いがないでもないが、いつもの正義漢とは一味も二味も異なる複雑な役柄は決して悪くない。
 その愛人パット役には、『キー・ラーゴ』のオスカー女優クレア・トレヴァー。ちょっとやさぐれた感じのファム・ファタールというのは彼女の独壇場で、出てくるだけでサマになるのはさすがだ。しかも、本作では気質になって愛する男と静かに暮らしたいという切ない女心を巧みにのぞかせ、何とも説得力のある演技を披露してくれている。ストーリー上は損な役回りだが、演技� ��面では共演者との格の差をまざまざと見せ付けているという感じだ。
 一方、パットとは対照的な淑女アン役を演じているのは、『青春ホテル』(36)や『街の人気者』(43)などの青春コメディで活躍した清純派女優マーシャ・ハント。可憐で清楚な美人スターだったが、私生活ではハリウッドの赤狩りに真っ向から反対した女傑だったようだ。そのため50年代に入ると映画界から干されてしまい、結果的に女優として大成することが出来なかった。
 そして、臆病者でサンディスティックなマフィアのボス、リック役を演じているのは、大ヒット・ドラマ『弁護士ペリー・メイスン』や『鬼警部アイアンサイド』でおなじみの名優レイモンド・バー。当時はまだ悪役俳優として鳴らしていた時期。その大きな目と巨体はかなり強烈なイ ンパクトで、イカれたサイコなブタ野郎(笑)という役柄にはピッタリだ。
 その右腕である殺し屋役には西部劇の悪役スター、ジョン・アイアランド。警官隊のキャプテン役には、『群衆』(41)や『三つ数えろ』(46)などで知られる名脇役レジス・トゥーミイが扮している。

 

 

歩道が終わる所
Where The Sidewalk Ends (1950)
日本では劇場未公開
VHSは日本未発売・DVDは日本発売済
※日本盤DVDはアメリカ盤と別仕様

(P)2005 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/ステレオ・モノラル/音声:英語/字幕:英語・スペイン語/地域コード:1/94分
/製作:アメリカ

映像特典
オリジナル劇場予告編
スチル・フォト・ギャラリー
映画評論家による音声解説

監督:オットー・プレミンジャー
製作:オットー・プレミンジャー
原作:ウィリアム・L・スチュアート
脚本:ベン・ヘクト
脚色:ヴィクター・トリヴァス
   フランク・P・ローゼンバーグ
   ロバート・E・ケント
撮影:ジョセフ・ラシェル
音楽:シリル・J・モックリッジ
出演:ダナ・アンドリュース
   ジーン・ティアニー
   ゲイリー・メリル
   バート・フリード
   トム・トゥリー
   カール・マルデン
   ルース・ドネリー
   クレイグ・スティーヴンス
   ネヴィル・ブランド

屈折した暴力刑事ディクソン(D・アンドリュース)

カジノで殺人事件が発生する

カジノの経営者はマフィアのスカリース(G・メリル)

 フィルム・ノワールの傑作『ローラ殺人事件』(44)を生み出した名匠オットー・プレミンジャーが、再びダナ・アンドリュースとジーン・ティアニーの主演コンビを起用した作品。行き過ぎた捜査から容疑者を殺してしまった刑事の絶体絶命を描く、かなりハードボイルドなタッチのフィルム・ノワールだ。
 主人公は一匹狼の刑事ディクソン。自らの父親がギャングだったことから、犯罪者に対して憎しみに近いような嫌悪感を持っている。それゆえに、尋問中の容疑者を誤って殴り殺してしまうことに。しかも、相手は無実の可能性があった。
 死体を遺棄して隠蔽工作を図ったものの、何も知らない容疑者の未亡人と恋に落ちてしまったディクソン。さらに、遺棄した死体が発見されてしまい、未亡人の父親に殺人の� �疑がかけられる。彼女のためにもその父親の容疑を晴らしたい。しかし、それは自らが犯した罪を暴くことになってしまう。そこで彼は犯罪組織のボスに罪をなすりつけようとするのだが・・・。
 主人公は素直に自首して自らの罪を認めるのか、それとも何食わぬ顔をして他人に濡れ衣を着せるのか?刑事だからといって犯罪者を虫けらのように扱っても構わないのか?そこには、社会の底辺で生きる人々に対する偏見はなかったのか?様々な疑問の湧きあがる、複雑で奥の深い脚本が実に良く出来ている。
 また、スタイリッシュで幻想的な『ローラ殺人事件』とは打って変わって、ドキュメンタリーを思わせるタフで骨太なプレミンジャーの演出も力強いし、犯罪に対する憎しみを糧に生きているような刑事ディクソンを演� �るダナ・アンドリュースの屈折した存在感も圧倒的。もちろん、フィルム・ノワールのミューズ、ジーン・ティアニーも相変わらずエレガントで美しい。これが日本では劇場未公開だったという事実に首を傾げてしまうくらいの傑作だ。

容疑者ペイン(C・スティーヴンス)は酔っ払っていた

ペインを殴り殺してしまったディクソン

死体の隠蔽工作を図る


脊柱側弯症を防ぐ方法

 ニューヨーク市警察第16分署のマーク・ディクソン刑事(ダナ・アンドリュース)は凄腕の一匹狼として仲間からも一目置かれる存在だが、その暴力的で極端な行動がたびたび問題視されていた。市民から次々と寄せられる苦情に上司も頭を抱えている。
 実は、ディクソン刑事の父親はギャングの一員だった。幼い頃から数多くの暴力を目の当たりにし、貧民街の荒んだ生活を目の当たりにしてきた彼は、犯罪者や底辺の人たちに対する偏見に近いような嫌悪感を持っている。それが、彼の刑事として生きる原動力にもなっていた。
 ある日、マフィアのボス、スカリース(ゲイリー・メリル)が経営する怪しげなカジノで殺人事件が発生する。被 害者は客のモリソンという中年男。彼は直前に友人のペイン(クレイグ・スティーヴンス)と殴り合いの喧嘩しているところを目撃されていた。
 容疑者の足取りを追ったディクソン刑事は、安アパートの一室で酔いつぶれているペインを発見する。その場で尋問を始めたものの、酒の入っているペインは反抗的な態度を崩さなかった。頭にきたディクソンは、素手で力いっぱいペインを殴り倒す。ところが、当たり所の悪かったためか、ペインはその衝撃で死んでしまった。
 一度は署に通報しようとしたディクソン。しかし、迷った末に死体を始末することにした。ペインのコートを着て彼になりすましたディクソンは旅行カバンを持って駅へ向い、長距離列車の切符を買う。彼が高飛びしたかのように見せかけるためだ。そし て服を着替えてアパートへ戻り、秘かにペインの死体を運び出した。そこへ予期せぬ訪問者が現れたものの、死体を担いだディクソンは物陰に隠れて難を逃れた。
 その後、何食わぬ顔をしてペインの行方を捜査するディクソン。彼はペインの別居中の妻モーガン(ジーン・ティアニー)に聞き込みを行い、彼女の美しさと優しさに惹かれていく。彼女の方も親身に話を聞いてくれるディクソンに好意を抱き、二人の仲は急接近するようになった。また、タクシー運転手をしているモーガンの父ジグス(トム・トゥリー)も気さくな好人物で、ディクソンは親子に親しみを覚える。
 そんなある日、川に沈められた車からペインの死体が発見される。捜査本部の責任者となったトーマス刑事(カール・マルデン)は、モーガンの父ジ グスに疑いの目を向けた。実は彼こそ、ディクソンが死体を運び出そうとしたときに現れた予期せぬ訪問者だったのだ。被害者の死亡推定時刻にアパートを訪れているところを目撃されていたことから、ジグスは事件の第一容疑者となってしまった。
 ジグスへの容疑を晴らそうと考えたディクソンは、スカリース一味に疑いの目を向けさせようと難癖をつけるものの、逆に半殺しの目に遭ってしまう。そうこうしているうちに、次々とジグスにとって不利な証拠が浮かび上がってきた。果たして、ディクソンはどのようにして真実を隠蔽したまま、無実の容疑者を救おうというのか?そもそも、最後まで自らの罪を隠し通すことが出来るのか?

ペインの別居中の妻モーガン(G・ティアニー)

モーガンの父ジグス(T・トゥリー)とも親しくなる

ペインの死体が発見されてしまった

 原作はウィリアム・L・スチュアートの犯罪小説"Night City"。"ファルコン"や"ディック・トレイシー"などの犯罪ドラマ・シリーズを手掛けたロバート・E・ケント、『片目のジャック』(60)や『刑事マディガン』(67)のプロデューサーとして知られるフランク・P・ローゼンバーグ(スチュアート・ローゼンバーグ監督の父親)、オーソン・ウェルズ監督の『ストレンジャー』(46)でオスカー候補になったヴィクター・トリヴァスの3人が脚色を手掛け、最終的な脚本を2度のオスカーに輝く大御所ベン・ヘクトが仕上げている。
 撮影は『ローラ殺人事件』でもプレミンジャーと組み、見事オスカーに輝いたジョセフ・ラシェル。ストーリーの行方やタイトルの意味をイメージさせるオープニング映像をはじめ
、非常に凝ったカメラワークが印象的だ。
 また、音楽はミュージカ ル『野郎どもと女たち』(55)のバックグランド・スコアでオスカー候補になったシリル・J・モックリッジが担当。その他、編集のルイス・ローフラーや美術デザインのライル・ホイーラー、セット・デザインのトーマス・リトルなど、フォックスの名だたる一流スタッフが参加している。

トーマス刑事(K・マルデン)はジグスに疑いの目を向ける

ジグスの無実を証明すべく奔走するディクソン

何も知らないモーガンはディクソンに惹かれていくが・・・

 『ローラ殺人事件』に続いて見事な名コンビぶりを発揮するダナ・アンドリュースとジーン・ティアニー。中でも、アンドリュースのダークな存在感は目を見張るものがあり、彼の代表作と呼んでもおかしくないくらいの演技を見せてくれる。それに比べると、本作のジーン・ティアニーはこれといった見せ場がない分、ちょっと存在感が薄く感じられるかもしれない。
 一方、マフィアのボスであるスカリース役のゲイリー・メリルも、アンドリュースの向うを張った力演を披露。彼はベティ・デイヴィスのダンナだったことでも有名で、『イブの総て』(50)で演じたようなダンディで紳士的な役柄を得意とした俳優。本作でも� �のイメージを生かしつつ、ニヒルで狡猾なマフィアを演じてカッコいい。
 また、後に『欲望という名の電車』(51)でオスカーを受賞する名優カール・マルデンが堅物のエリート、トーマス刑事役で登場。ダンゴ鼻の印象的な個性派俳優で、遅咲きだったせいか中年〜老人の印象が強い人だが、ここではまだ30代の若かりし姿を見ることが出来る。
 さらに、テレビ・ドラマ『ピーター・ガン』でスターになるクレイグ・スティーヴンスが、ディクソン刑事に殴り殺される男ペイン役で登場するのにも注目。その他、幻の初代刑事コロンボ役として知られるバート・フリードがディクソンの同僚クレイン刑事を、『ケイン号の叛乱』(54)のケイン船長役でオスカー候補になったトム・トゥリーがジグスを、ドラマ『アンタッチャブル』� ��アル・カポネ役や映画『悪魔の沼』(77)の殺人鬼役で有名なネヴィル・ブランドがスカリースの部下を演じている。

 

 

拾った女
Pickup on South Street (1953)
日本では1953年劇場公開
VHS・DVD共に日本発売済
※日本盤DVDはアメリカ盤と別仕様の非正規盤

(P)2004Criterion/20th Century Fox(USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/モノラル/音声:英語/字幕:英語/地域コード:1/80分/製作:アメリカ

映像特典
S・フラー監督インタビュー
フランス製作のメイキング番組
エッセイ
S・フラー監督フィルモグラフィー
スチル・ギャラリー(宣伝用スチル
、ポスター、絵コンテなど)
フラー監督作品オリジナル予告編集

監督:サミュエル・フラー
製作:ジュールス・シャーマー
原案:ドワイト・テイラー
脚本:サミュエル・フラー
撮影:ジョセフ・マクドナルド
音楽:リー・ハ
ーライン
出演:リチャード・ウィドマーク
   ジーン・ピータース
   セルマ・リッター
   マーヴィン・ヴァイ
   リチャード・キーリー
   ウィリス・バウシー
   ミルバーン・ストーン
   ジェリー・オサリヴァン

地下鉄に乗り込んだ女性キャンディ(J・ピータース)

スリのスキップ(R・ウィドマークが近づく)

スリに気付いたFBI捜査官エニアート(J・オサリヴァン)

 気骨溢れる戦争映画や犯罪映画で名をなした名匠サミュエル・フラーが、何も知らずに機密情報を盗んでしまったために東西のスパイ戦争へと巻き込まれるスリを描いたフィルム・ノワール。シンプルなストーリーの中に、筋金入りのリベラルで個人主義者だったフラーのリアリスティックな世界観が描きこまれた異色作である。
 主人公はスリを生業とする男スキップ。ニューヨーク下町の掃き溜めで育った彼は、自分以外の誰も信用しないニヒリストだ。いつものように地下鉄でスリを行った彼だが、盗んだ財布の中に機密情報を写したマイクロフィルムが入っていたことから、それを狙う共産主義スパイとFBIの両方から狙われることとなる。
 FBIは愛国主義に訴えて彼の協力を得ようとするも、政治や権力などクソ食 らえのスキップには全く通用しない。そもそも、本作の主人公たちにとって愛国だの反共だのといった言葉は別世界の話だ。そんなことよりも、彼らは毎日を生き延びることで精いっぱい。それが社会の底辺で逞しく生きる人々の現実なのだ。
 14歳で新聞社の使い走りとしてマスコミの世界に入り、17歳の頃にはタブロイド紙の犯罪記者として活躍していたフラー監督にとって、イデオロギーは政治家の権力争いの道具に過ぎず、東西の冷戦そのものが馬鹿げたジョークのようなもの。"この世の崖っぷちで生きている連中にとって政治なんて無用の長物だ"という監督の言葉が、それすなわち本作の核心を言い表していると言えよう。
 イタリアのネオレアリスモに強い影響を受けたという彼は、本作でニューヨーク下町の喧騒� �リアルに再現している。多くのシーンがシングル・カメラによる一発撮りで撮影されており、まるでドキュメンタリー映画を見ているかのようにリアルだ。暴力シーンも迫力満点で生々しい。特にジーン・ピータース扮するヒロインが暴行されるシーンは圧巻で、当時の検閲でも問題になったという。
 また、本作を試写で見た悪名高きFBI長官のジョン・エドガー・フーヴァーは、主人公スキップのキャラクターが"反アメリカ的"だとして激怒したそうだ。もともとFBIから睨まれていたフラー監督は、"フーヴァーが認めようと認めまいと俺の知ったことじゃない"と一蹴。彼曰く、"これは辺境の人々を描いたスリラー映画であって、それ以上でもそれ以下でもない"とのこと。全くその通りなのだろう。
 ちなみに、映画賞� �は全く無関心だったフラー監督だが、本作がヴェネチア国際映画祭のサン・マルコ銅獅子賞を受賞した際には、珍しく喜んだと言われる。というのも、その年の審査委員長が敬愛するルキノ・ヴィスコンティだったからだ。しかし、当時この作品の受賞に唯一異論を唱えたのがヴィスコンティだったということを後に知ってガッカリしたという。根っからの左翼だったヴィスコンティにとって、共産主義スパイの陰謀という題材が不愉快に感じられたのかもしれない。
 事実、共産党の影響力が強かったフランスやイタリアでは、設定を麻薬組織に変えた吹き替え版が上映されている。イデオロギーを超越した市井の人々の実像を描く作品なだけに、その真意が伝わらなかったのは監督自身も大変残念なことだったろう。

大切な機密情報を盗まれて慌てるジョーイ(R・キーリー)

タレコミ屋の老婆モー(T・リッター)から情報を得る警察

スキップは盗んだマイクロフィルムに価値があると睨む


生活のためのseigle減量

 舞台はニューヨーク。ラッシュ・アワーの地下鉄に一人の女性が乗り込んだ。彼女の名前はキャンディ(ジーン・ピータース)。その至近距離から、勘付かれないように彼女を見張る二人の男性。そこへ、新聞を片手に持った男が不自然な様子で近づいた。男はキャンディに近づき、新聞の下から伸ばした手で彼女の財布をバッグから抜き取った。見張っていた二人の男性はすぐに気付くが、混雑する車内で取り逃がしてしまう。
 その男性二人組はFBIの捜査官だった。年配のエニアート捜査官(ジェリー・オサリヴァン)は国内における共産主義者たちの反米活動を捜査しており、キャンディの行動をマークしていた。というのも、キャンデ ィの元恋人ジョーイ(リチャード・キーリー)が共産主義者たちに機密情報を売ろうとしており、彼女は情報を記録したマイクロフィルムの運び役を頼まれていたのだ。そして、今日がその受け渡し日だった。上手くいけば共産主義者たちの組織を暴くことができたはずなのに、予想外の邪魔が入ってしまったのである。
 エニアート捜査官にスリの身元の割り出しを頼まれたニューヨーク市警の一匹狼タイガー警部(マーヴィン・ヴァイ)だったが、この街にはスリの常習者だけでも掃いて捨てるほどいる。そこで、彼はタレコミ屋の老女モー(セルマ・リッター)に金を掴ませ、心当たりを訊ねてみることにした。スリの手口に特徴があったことから、男の名がスキップ・マッコイ(リチャード・ウィドマーク)であることが判明� �る。
 スキップはニューヨークの下町界隈では有名な凄腕のスリで、人間嫌いの一匹狼として知られていた。波止場の掘っ立て小屋に住む彼を刑事たちが連行するものの、証拠がないので無罪放免にするしかない。刑事たちの様子から盗んだマイクロフィルムが相当価値あるものと睨んだスキップは、図書館のスライドを使ってこっそりと記録内容を確認した。それは、どうやら何か化学式のようなものだった。
 一方、マイクロフィルムを盗まれたジョーイとキャンディも焦っていた。薬物中毒のジョーイは麻薬を買う金欲しさに機密情報を売ろうとしていたわけだが、それを盗まれたとあっては自分の命すら狙われかねない。分け前欲しさに協力したキャンディだったが、情にほだされてスリの行方を追うことにする。警察と� �じようにモーの情報を頼りにしたキャンディは、犯人がスキップであることを知った。
 夜中に掘っ立て小屋へ戻ったスキップは、暗闇の中に人影を見つけて殴り倒す。相手はキャンディだった。財布を返して欲しいという彼女に力づくでキスをするスキップ。彼に身を任せるキャンディ。その途端、スキップはキャンディを突き飛ばした。所詮は色仕掛けの女だ。彼は強引にキャンディを追い返した。
 なんとしてでもマイクロフィルムを見つけ出したいエニアート捜査官は、それが共産主義者の手に渡ってはならない重要な国家機密であり、自由を愛するアメリカ国民の一人として協力して欲しいとスキップを説得する。しかし、彼は知らぬ存ぜぬを貫き通す。
 また、ジョーイの危機を救ってあげたいキャンディも、再度 スキップの元を訪れて説得を試みた。しかし、依然としてスキップは聞く耳を持たない。彼にとって共産主義も資本主義も一切関係がない。国家の危機などどうでもいいことだ。ましてや下賎な女のたわ言など耳を傾ける価値すらない。それほどまでに価値のあるものだったら、自分がしかるべき相手に高く売りつけて金にするまでだ。
 信用できるのは自分だけ。それが社会の底辺で這いつくばって生きてきた彼のポリシーだった。うなだれながら帰路に着くキャンディだったが、その一方で嘘偽りのないスキップの人柄に魅力を感じる。彼女自身も同じような境遇で育ってきたからだ。
 しかし、これでいよいよジョーイは絶体絶命の立場に立たされる。組織はどんな手段を使ってでもマイクロフィルムを奪い返すよう彼に命じ 、ピストルを手渡した。危険な真似はしないで欲しいという訴えるキャンディだったが、彼にはもう選択肢が残されていない。モーを拳銃で脅してスキップの情報を得ようとしたジョーイだったが、頑なに口を閉す彼女を冷酷にも射殺してしまう。
 警察からモーが殺されたことを聞いたスキップはショックを隠しきれなかった。彼女は実の母親だったのだ。そんな彼のもとへキャンディが現れ、ジョーイが狙っていると警告する。一方、ジョーイはキャンディがスキップを庇っていると知って激怒し、彼女に暴行を加えた挙句に拳銃で撃ってしまう。
 病院で一命を取りとめたキャンディのもとへ見舞いに訪れたスキップは、彼女がジョーイに対して自分の居場所を頑なに黙っていたことを知った。なぜ他人のことを助けようとす るのか?彼にとってはキャンディの行為そのものが大きな衝撃だった。生まれて初めて"人の情"というものに触れた彼は、自ら事態に決着をつけようとするのだが・・・。

モーからスキップの居所を訊くキャンディ

キャンディはフィルムを返すようスキップに迫る

スキップにはイデオロギーも人情も通用しない

 原案となったのは、アステア&ロジャースの『トップハット』(35)やソフィア・ローレンの『島の女』(57)で知られるドワイト・テイラーの書いた脚本。もともとは犯罪者の男と彼を担当する女性弁護士が恋に落ちるという物語だったが、フォックス社長ダリル・F・ザナックからその脚本を渡されたサミュエル・フラーは、法廷物は裁判シーンに時間を多く裂くことになってしまうと危惧した。
 そこで、彼は主人公たちの設定を変え、脚本そのものを自己流で書き直してしまう。なので、ドワイト・テイラーの書いた脚本は一部のプロットを残しただけで、ほとんど原型をとどめていないようだ。
 当初はフラーのアイディアに面食らった� ��ナックだったが、彼を信用して全面的なリライトを許可。以降も、ザナックは様々な局面でフラーの強力な味方となったようだ。例えば、当時フォックスの看板スターだった女優ベティ・グレイブルがキャンディ役を熱望し、自分が選ばれなかった暁には"役を好きに選んでいい"という会社との契約書の項目を盾に裁判を起こすと脅してきた。
 しかも、ミュージカル映画で人気だったグレイブルは、劇中にミュージカル・シーンを入れろなどと馬鹿げた要求までしていたという。なんとしてでもグレイブルの起用を阻止したかったフラー監督だったが、なにしろ相手は会社にとって金の卵であるドル箱スター。自分が降ろされることを覚悟したが、ザナックは見事にグレイブルを説き伏せてくれたという。キャンディ役のジーン・ ピータースは大富豪ハワード・ヒューズの恋人だったので、もしかしたらそちらの力も働いたのかもしれない。また、先述したように試写を見て激怒したFBI長官フーバーをなだめて、最後までフラーを擁護したのもザナックだったらしい。
 そして、デ・シーカの『自転車泥棒』やロッセリーニの『無防備都市』などイタリアのネオレアリスモ映画に強い感銘を受けていたフラーは、ニューヨーク下町での全面ロケを希望したものの諸事情で叶わず、自ら書いたスケッチ画をもとにフォックスの看板デザイナー、ライル・ホイーラーらに街頭セットの製作を依頼した。
 さらに、フィルム・ノワールで御馴染みの名カメラマン、ジョセフ・マクドナルドと相談して、シングル・カメラによる一発撮りを決行。撮影自体はハリウッドの フォックス・スタジオで行われたものの、ニューヨーク下町のストリート感覚をリアルに再現した映像が出来上がった。

スパイ組織は力づくでもフィルムを奪い返すよう命じる

モーはスキップの実の母親だった

暴行された挙句に銃で撃たれるキャンディ

 主人公スキップ役を演じるのは名優リチャード・ウィドマーク。デビュー作『死の接吻』(48)でいきなりオスカー候補となり、その強烈なマスクと存在感で当時フォックスの売れっ子スターだった。フラー監督は役柄と同じように根っからの個人主義者で、風変わりな顔をしているにも関わらず目立ちすぎないウィドマークを最初からスキップ役にと考えていたという。
 一方のキャンディ役を演じるのは、当時フォックスが売り出し中だった元ファッション・モデルの美人女優ジーン・ピータース。先述したように、彼女は当時大富豪ハワード・ヒューズの恋人で、後にヒューズと結婚して映画界を引退している。
 そもそも、このキャンディ 役のキャスティングは紆余曲折を繰り返し、撮影開始の数日前まで決まらなかった。シェリー・ウィンタースやエヴァ・ガードナー、そして先述したベティ・グレイブルといった女優が出演を希望したものの、監督はハリウッド的なグラマー女優には興味がなかった。キャンディは生活感のあるリアルな女性でなくてはならないからだ。一時はマリリン・モンローも興味を示し、彼女とは仲の良かった監督はそれもアリかもしれないと本読みを行ったものの、モンローにはキャンディ役に求められる逞しさが欠けていた。彼女は大変に落胆したという。
 そんな折、関係者が当時脚光を浴びていたジーン・ピータースを紹介してくれた。だが、彼女の出演作を見ていた監督は、全く魅力のない女優だと一笑に付す。ところが、ある日フ� �ックスの食堂でランチを取っていた監督は、偶然ジーン・ピータースと隣の席になった。歩き去る彼女の後姿を見た彼は、まるで路上に立つ娼婦のように堂々とした彼女の脚に目を引かれる。
 早速ピータースと面接した監督は、彼女の率直さと勘の良さ、博識な頭の良さに驚かされたという。素顔のピータースは、キャンディ以上にタフで聡明な女性だったようだ。すっかり彼女のことを気に入った彼は、その場でキャンディ役に抜擢することを決めたという。暴行シーンをはじめとする捨て身の大熱演が見ものだ。
 さらに、自分の墓と葬儀代のためにタレコミ屋をやって小銭を稼いでる老女モーを演じるのは、『イヴの総て』(50)やヒッチコックの『裏窓』(54)などに出演し、アカデミー賞助演女優賞に6度もノミネートされた� �女優セルマ・リッター。彼女がジョーイに殺されるシーンは本作のハイライトの1つで、実に渋い名演技を披露してくれている。
 また、テレビ俳優として有名なリチャード・キーリーがジョーイ役、ニューヨークの舞台俳優マーヴィン・ヴァイが熱血警部タイガー役を演じている。

 

 

Vicki (1953)
日本では劇場未公開
VHS・DVD共に日本未発売

(P)2006 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
モノクロ/スタンダードサイズ/ステレオ・モノラル/音声:英語/字幕:英語
・スペイン語/地域コード:1/85分/製作:アメリカ

映像特典
広告ギャラリー
舞台裏ギャラリー
インタラクティブ・プレスブック
オリジナル劇場予告編
映画評論家による音声解説

監督:ハリー・ホーナー
製作:レオナード・ゴールドステイン
原作:スティーヴ・フィシャー
脚本:ドワイト・テイラー
撮影:ミルトン・R・クラスナー
音楽:リー・ハーライン
出演:ジーン・クレイン
   ジーン・ピータース
   エリオット・リード
   リチャード・ブーン
   ケイシー・アダムス
   アレックス・ダーシー
   カール・ベンツ
   アーロン・スペリング

人気モデルのヴィッキー(J・ピータース)が殺害された

新聞で事件を知ったコーネル刑事(R・ブーン)

元マネージャーのスティーヴ(E・リード)が容疑者に

 『拾った女』で女優として高く評価されたジーン・ピータースが、当時フォックスの看板スターの一人だったジーン・クレインと共に主演したフィルム・ノワール。ファッション・モデル殺人事件の捜査を軸に、自らの美貌を武器に名声への階段を駆け上がっていった女性の破滅と、彼女に叶わぬ恋を抱いていた哀れな男の復讐を描くメロドラマ・タッチの作品だ。
 売れっ子モデル、ヴィッキー・リンが他殺体で発見された。警察は彼女の実の姉ジルと元マネージャーのスティーヴを捜査対象として絞る。供述によって明らかになっていくヴィッキーのサクセス・ストーリーの裏側。自らの名声に溺れて怪物化していった彼女には敵が多かった。
 しかし、なぜか担当刑事はジルとスティーヴを執拗に追いつめる。しがな いウェイトレスだったヴィッキーに秘かな想いを寄せていた刑事は、彼女を汚れたショー・ビジネス界へと誘い、手の届かない存在にしてしまった彼らを恨んで殺人犯に仕立て上げようとしていたのだ。
 原作は犯罪ドラマや西部劇の脚本家として有名なスティーヴ・フィシャーの書いたミステリー小説"I Wake Up Screaming"。1941年にベティ・グレイブルとキャロル・ランディス主演で映画化されており、本作が2度目の映画化となる。ストーリーは41年版とほぼ同じ。警察の拷問に近いような取り調べ、追いつめられていくジルとスティーヴ、ストーカーまがいの屈折した刑事の妄執など、スリリングでサスペンスフルな展開が全く飽きさせない。
 ただ、本作の最大の弱点はハリー・ホーナー監督の没個性な演出。ブロードウェイの舞台演出家としても活躍していたホーナー監督は、フィルム・ノワールの世界に必要なビジュアリストとしての資質に欠けていたようだ。
 41年版のH・ブルース・ハンバーストーンも決して芸術家肌の監督ではなかったが、少なくとも熟練した娯楽映画職人ならではの見せ方を心得ていた。その点、ホーナー監督� �演出はあまりにも演劇的であり、映画的なカタルシスに乏しいのが残念。
 とはいえ、主演のジーン・クレインとジーン・ピータースは見目麗しく、刑事役を演じるリチャード・ブーンの怪演もまた凄みがあって印象的。41年版には及ばないものの、これはこれでそれなりに楽しめる作品には仕上がっている。
 また、後に『チャーリーズ・エンジェル』や『ビバリーヒルズ高校・青春白書』でテレビ界の大御所プロデューサーとなるアーロン・スペリングが、挙動不審のビル管理人役で若かりし頃の姿を見せているのも見どころだろう。

ウェイトレスだったヴィッキーをスティーヴがスカウトした

姉ジル(J・クレイン)はヴィッキーの野心を心配する

名声に溺れて傲慢になっていくヴィッキー


 ニューヨークの新進人気モデル、ヴィッキー・リン(ジーン・ピータース)が何者かによって殺害された。新聞記事で事件を知ったコーネル刑事(リチャード・ブーン)は休暇を返上してニューヨークへ戻り、上司を説得して事件の捜査を担当することになる。
 ヴィッキー殺しの第一容疑者として浮かんだのが、元マネージャーのスティーヴ・クリストファー(エリオット・リード)。ニューヨーク広告界の腕利きエージェントとして有名な彼は、カフェのウェイトレスだったヴィッキーをスカウトした人物だった。
 当初は華やかな世界に戸惑うばかりだったヴィッキーだが、やがて自らの美貌を武器にのし上がる野心的な女性へと変貌。彼女の素朴で正直な性 格を気に入っていたスティーヴは責任を感じ、なんとか諭そうと試みるものの、逆にマネージャーの職を解雇されてしまった。
 警察はそのことを逆恨みした犯行だと決め付け、半ば拷問にも近いような尋問を続ける。しかし、スティーヴは一貫して容疑を否認。確たる証拠もないため、警察は仕方なくスティーヴの身柄を解く。
 一方、ヴィッキーの実の姉ジル(ジーン・クレイン)も参考人として警察に呼ばれた。コーネル刑事と対面したジルは、その顔に見覚えがあることに気付く。ヴィッキーが働いていたカフェの窓の外から、いつも彼女のことを見つめていた怪しげな男。それがコーネルだったのだ。
 ジルはヴィッキーと対照的に控えめで物静かな女性だった。当初は妹がモデルになることを強く反対した彼女だが� ��華やかな生活に憧れるヴィッキーの気持ちが理解できなくはなかった。早くに両親を亡くし、妹と2人で貧しい生活と戦ってきたジル。妹に訪れた千載一遇のチャンスに水を差す権利はないと考えた彼女は、一抹の不安を抱きながらもヴィッキーを応援することにしたのだ。しかし、コーネルはジルがヴィッキーの成功を妬んでいたのではないか、彼女を金づるにしていたのではないかと疑いの目を向ける。
 コーネル刑事の執拗な追及は尋常なものではなかった。真夜中に寝ているスティーヴの寝室へ忍び込んで脅したり、ジルの周りをうろついては威圧したりと、ジワジワと2人を精神的に追い込んでいく。
 実は、コーネル刑事には真犯人の目星が付いていた。しかし、ウェイトレスだった頃のヴィッキーに秘かな好意を寄せ� �いた彼は、彼女を遠くへと追いやったスティーヴとジルを逆恨みし、彼らを殺人犯に仕立て上げようとしていたのだ。秘かに愛し合っている2人が共謀してジルを殺害したのだと。
 このままでは自分たちふが犯人にされてしまうと気付いたスティーヴとジルは、アパートの管理人であるハリー(アーロン・スペリング)に疑いの目を向ける・・・。

捜査を担当することになったコーネル刑事

コーネル刑事の顔を見て驚くジル

コーネルは執拗にスティーヴを追いつめる

 監督のハリー・ホーナーはオーストリアの出身で、有名な舞台演出家マックス・ラインハルトの美術監督として名をあげた。ラインハルトがアメリカに活動の拠点を移すとホーナーも同行し、そのままハリウッドの美術デザイナーとして活躍するようになる。『女相続人』(49)と『ハスラー』(61)で2度のオスカーに輝いたホーナーだが、その傍らでブロードウェイの舞台演出家としても活躍。さらに、冷戦時代のプロパガンダ的なSF映画『合衆国の恐怖・火星からの伝言』(52)をきっかけに映画監督の仕事も手掛けるようになる。本作は監督3作目。これを機にフォックスと専属契約を結び、ブロードウェイとハリウッドを行き来することになったわけだが� ��映画監督としてはあまり成功しなかった。ちなみに、『タイタニック』(97)などで知られる大御所作曲家ジェームズ・ホーナーは彼の息子である。
 脚本を手掛けたのは、『拾った女』の原作者でもあるドワイト・テイラー。また、クレジットに名前はないものの、『夜も昼も』(46)や『再会』(50)といったロマンス映画で知られるレオ・タウンセンドも脚本に参加しているという。
 撮影を担当したのはミルトン・R・クラスナー。ジーン・ピータース主演の『愛の泉』(54)でオスカーを受賞し、『飾窓の女』(44)や『イヴの総て』(50)、『七年目の浮気』(55)、『いそしぎ』(65)など数多くの名作を手掛けた大御所カメラマンだ。
 さらに、エリザベス・テイラー主演の『クレオパトラ』(63)でオスカーを獲得したレニーが、ジーン・ピ� ��タースのドレス・デザインを担当。ジョン・フォードの『駅馬車』(39)などで4度のオスカー候補経験のある女性編集者ドロシー・スペンサーが編集を手掛けた。

ジルとスティーヴは秘かに愛し合っていた

仲間ラリー(C・アダムス)に助けを求めるスティーヴ

管理人ハリー(A・スペリング)に怪しい点が・・・

 ジーン・ピータースと共に主演を務めるジーン・クレインは、戦時中にはベティ・グレイブルに次ぐフォックスのドル箱スターだったトップ女優。人種差別の根深さを描いた映画"Pinky"(49)で肌の白い黒人女性を大熱演してアカデミー主演女優賞にノミネートされ、演技派の美人女優として一目置かれる存在だった。本作も厳密には彼女の主演作として作られているが、役柄上の設定もあってか華やかでパンチの効いたジーン・ピータースに存在感負けしているという印象は否めない。
 スティーヴ役を演じるエリオット・リードも存在感が薄い。『紳士は金髪がお好き』(53)の私立探偵マローン役で知られる俳優だが、これといって印象� ��残らないタイプの地味な役者。41年版ではタフガイ俳優ヴィクター・マチュアが演じていた役柄だが、マチュアとは全く正反対の彼をキャスティングしたのは意図的なものだったのか?とりあえず、マネージャーという裏方の仕事をしているスティーヴ役としては、それなりに説得力はあるかもしれないのだが。
 それとは逆に強烈な存在感で印象を残すのが、コーネル刑事役の名優リチャード・ブーン。『アラモ』(60)や『リオ・コンチョス』(64)など西部劇の悪役で鳴らした俳優で、そのゴリラのようなあばた面は一度見たら忘れられないほど個性的だった。そのタフな外見とは裏腹に女性に対しては奥手で、そのコンプレックスが刑事としての使命を狂わせていくという役柄を不気味な迫力で演じている。最後に明かされる真犯人� �り、こちらの方がよっぽど怖い。
 また、『ナイアガラ』(53)や『バス停留所』(56)でモンローと共演していたケイシー・アダムスがスティーヴの仲間ラリー役として登場。ちなみに、『ナイアガラ』で彼の妻役を演じていたのがジーン・ピータースだった。
 そして、ジルとヴィッキーの住むアパートの管理人ハリー役で登場するのが、後に大物テレビ・プロデューサーとなるアーロン・スペリング。もともと俳優の出身で、これが映画デビュー作だった。

 

 

意外な犯行
Black Widow (1954)

日本では劇場未公開・TV放送のみ
VHS・DVD共に日本未発売

(P)2008 20th Century Fox (USA)
画質★★★★☆ 音質★★★★☆
DVD仕様(北米盤)
カラー/ワイドスクリーン(スクィーズ収録)/4.0chサラウンド/音声:英語/字幕:英語・スペイン語・フランス語/地域コード:1/95分/製作:アメリカ

映像特典
ジンジャー・ロジャース ドキュメンタリー
ジーン・ティアニー ドキュメンタリー
インタラクティブ・プレスブック
音楽スコア
スチル・ギャラリー
オリジナル劇場予告編
映画評論家による音声解説

監督:ナナリー・ジョンソン
製作:ナナリー・ジョンソン
原作:パトリック・クェンティン
脚本:ナナリー・ジョンソン
撮影:チャールズ・G・クラーク
音楽:リー・ハーライン
出演:ジンジャー・ロジャース
   ヴァン・へフリン
   ジーン・ティアニー
   ジョージ・ラフト
   ペギー・アン・ガーナー
   レジナルド・ガーディナー
   ヴァージニア・リース
   オットー・クルーガー
   キャスリーン・ネスビット

演劇界の大物ピーター(V・へフリン)が若い女性と知り合う

ナンシー(P・A・ガーナー)は劇作家を志していた

 なんとも味気ないというか、身も蓋もないような邦題に驚くが、日本ではテレビ放送のみの扱いだったので仕方もなかろう。フィルム・ノワールといえばライティングのコントラストを強調したスタンダードサイズのモノクロ映画というのが一般的な印象だが、本作はシネスコサイズのテクニカラー作品である。
 50年代はハリウッドがテレビの脅威にさらされた時代で、観客を映画館に呼び戻すために様々な工夫がなされていた。フォックスでも53年からシネスコサイズを本格導入し、Aクラスの作品は全てカラーで撮影されるようになった。なので、本作はフィルム・ノワールのアップグレード版とでも言うべきなのかもしれない。
 主人公はブロードウェイの大物プロデューサー、ピーター。地方から出てきた劇作家志� ��の女の子ナンシーに留守中の自宅を貸すものの、彼女が死体となって発見される。やがて明らかになる純朴そうに見えたナンシーの野心的な素顔。彼女には家庭を持つ年上のパトロンがおり、ピーターに疑いの目が向けられる。かくして人殺しの容疑者として追われる身となったピーターが、身の潔白を証明するために奔走する・・・というわけだ。いわば、ヒッチコック風の巻き込まれ型サスペンスである。
 大都会へ夢を抱いてやってきた野心家ナンシーの素顔と、何も知らずに利用されて窮地に陥るピーターの対比を描いた前半はなかなかの面白さ。ニューヨークでのカラフルなロケ・シーンも生き生きとしており、出だしはすこぶる好調だ。
 しかし、警察に追われるピーターの逃走劇へと転じる辺りから、脚本家出身で� ��るナナリー・ジョンソンの欠点が目立ち始める。カメラや編集の躍動感やリズム感よりもセリフや脚本の忠実な再現に重点を置くあまり、映画としてのスリルや緊張感に著しく乏しくなってしまうのだ。それゆえに、犯人探しの謎解きやクライマックスのどんでん返しもかなり唐突な印象を受ける。その辺りの映画的な演出に少なからず不満が残ることは否めないだろう。
 それでも、ジンジャー・ロジャース以下の豪華なキャスト陣の顔ぶれは魅力的だし、50年代アメリカのスタイリッシュなファッションやインテリア、ニューヨークはマンハッタンの美しいロケーションなど、見どころは盛りだくさん。これをフィルム・ノワールと呼ぶには異論もあることだろうが、洒落た犯罪ミステリーとしてはなかなか楽しめる作品だ。

ピーターはナンシーにアパートを貸すことにした

階上に住む大女優ロッティー(G・ロジャース)とその夫ブライアン

妻アイリス(G・ティアニー)が旅行から帰って来た

シャワールームで首を吊ったナンシーの死体を発見する

 旅行に出かける妻アイリス(ジーン・ティアニー)を見送ったブロードウェイの大物プロデューサー、ピーター・デンヴァー(ヴァン・へフリン)は、その足で女優ロッティー・マリン(ジンジャー・ロジャース)のパーティに顔を出す。彼はそこでナンシー(ペギー・アン・ガーナー)という若い女性と知り合った。
 叔父のゴードン(オットー・クルーガー)を頼ってジョージアからやって来たナンシーは、ブロードウェイの劇作家を目指しているという。大都会ニューヨークの孤独と喧騒に違和感を抱きながらも、生き生きと夢を語る彼女の純朴さに好感を持ったピーター。2人はたちまち意気投合した。
 それから数� ��月後、叔父と二人暮らしの狭いアパートではなかなか執筆がはかどらないという彼女のため、ピーターは自宅の高級アパートを昼間だけ貸すことにする。妻は再び旅行に出かけていていないから、彼女も執筆に集中出来るはずだ。アパートの上階にはロッティーと夫の演出家ブライアン(レジナルド・ガーディナー)が暮らしており、噂好きで口さがないロッティーの目が気になるものの、自分も昼間は仕事で留守にしているから問題はないだろう。
 それからしばらくして、妻アイリスが旅行から戻った。空港からタクシーで妻と一緒に自宅へ戻ったピーターは、シャワー・ルームで首を吊ったナンシーの死体を発見する。リビングからは遺書と思われる手紙も発見され、警察のブルース刑事(ジョージ・ラフト)はナンシーが自殺 を図ったものと見た。
 その手紙によると、どうやら彼女には既婚者の愛人があり、その相手の子供を妊娠していたらしい。ナンシーの友人であるクレア(ヴァージニア・リース)はそれがピーターだと証言する。もちろん、それは事実に反することだったが、ナンシーの死に動揺したクレアはピーターを激しい言葉で責める。ピーターにとってせめてもの救いは、アイリスが夫の言葉を信用してくれたことだ。
 ところが、やがてナンシーの死因に不審な点が見つかり、事態は一転して殺人事件へと発展した。警察が自分を容疑者として拘束するつもりだと知ったピーターは、オフィスを抜け出して独自の捜査を始めた。
 ナンシーがアルバイトをしていたカフェの店員、ナンシーの叔父ゴードンらに会って話を聞いたピータ� ��は、彼女が実は大変な野心家であったことを知る。ナンシーは最初からピーターに目をつけ、演劇界の大物有名人である彼を利用するためにパーティへ潜り込み、偶然を装って接近したのだ。しかも、ピーターの知らないところで彼の名を語って劇場へ出入りし、様々な男性と接触を持っていた。その中の一人が自宅の階上に住むブライアンだと知った彼は、自分の身の潔白を証明するためにある仕掛けを思いつく。ブライアンが犯人だと睨んだピーターだったが、事件の背後には意外な人物の影があった・・・。

事件を担当するブルース刑事(G・ラフト)

ナンシーには年上の愛人がいたらしい


警察の捜査を批判するロッティー

アイリスは夫の不倫疑惑に当初動揺する

 原作は雑誌「コスモポリタン」に掲載された短編小説。作者のパトリック・クェンティンというのは、作家ヒュー・ホイーラーとリチャード・ウィルソン・ウェッブの合同ペンネームだという。
 監督・脚本・製作を手掛けたナナリー・ジョンソンは、『虎鮫島脱獄』(36)や『怒りの葡萄』(40)、『タバコ・ロード』(41)などジョン・フォード監督作品の脚本や製作で名をあげた人物。フィルム・ノワール作品『夜の人々』(54)で監督にも進出した彼の、これは長編2作目に当たる。
 その『夜の人々』で撮影監督を務めたチャールズ・G・クラークが本作にも参加。『四人の息子』(28)や『三十四丁目の奇蹟』(47)、『回転木馬』(55)などの名作を手� �けたクラークは、オスカーに4度もノミネートされたことのある名カメラマンだ。
 さらに、マリリン・モンローの衣装デザイナーとして有名なトラヴィーラが、ジンジャー・ロジャースやジーン・ティアニーの華やかなドレスを担当。『哀愁の湖』(45)などで3度のオスカー候補経験のあるモーリス・ランスフォードとライル・ホイーラーのコンビが美術デザインを手掛けた。

 主人公ピーター役を演じるのは西部劇『シェーン』(53)で有名なオスカー俳優ヴァン・へフリン。その妻アイリス役にはフィルム・ノワール映画のミューズ、ジーン・ティアニーが扮している。当時、健康面や精神面でトラブルを抱えるようになっていたジーンだが、確かにどことなく精彩に欠けており、ちょっと老け込んだような印象を受ける。
 一方、皮肉屋の舞台女優ロッティー役を演じるのは、ミュージカル映画の大女優ジンジャー・ロジャース。出番はあまり多くないものの、その女王様然とした存在感とキッチュ一歩手前の大仰な演技はインパクト強烈だ。
 そして、『暗黒街の顔役』(32)や『紐育の仇討』(32)などで一世を風靡したギャング俳優ジョージ・ラフトがブルース刑事役として登場。この4大スターの 共演だけでも大きな見ものだ。
 さらに、『ジェーン・エア』(44)や『ブルックリン横町』(45)などの可憐な美少女スターとして活躍したペギー・アン・ガーナーが、野心的な若い娘ナンシー役として成長した姿を披露。子役時代に比べると平凡な印象は否めず、これを機に大人の女優への転身を図ったものの、残念ながら成功しなかった。
 ロッティーの気弱な夫ブライアンには、チャップリンの『独裁者』(40)で独裁者ヒンケルを打倒しようとする士官シュルツ役を演じたことで有名なレジナルド・ガーディナー。その他、ナンシーの友人クレア役にカルト映画『死なない頭脳』(62)のヒロインとしても知られるヴィヴィアン・リース、ナンシーの叔父ゴードン役にはヒッチコックの『逃走迷路』(42)などで有名なブロードウェイの大� ��オットー・クルーガーが扮している。

 

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